この記事の結論
- クリニックの生成AI導入は、患者の氏名・症状・診療内容を一切入力しない業務(院内文書の下書き、求人票、スタッフ向けマニュアルの整理など)から始めるのが順当です。
- 個人情報保護委員会は2023年6月2日の注意喚起で、個人データを生成AIに入力する場合は、提供事業者がそのデータを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。病歴や診療の情報は法律上の「要配慮個人情報」にあたるため、最初の段階では入力しない運用が安全です。
- 院内ルールは「入れてよい情報・入れない情報・使う道具・確認する人・困ったときの連絡先」の5項目をA4用紙1枚にまとめると、スタッフが迷わず使い始められます。
生成AIの導入は「患者の情報を入れない業務」から始めるのが順当です
クリニックで生成AI(文章や画像を指示に応じて作るAI)を使い始めるなら、最初の対象は患者の氏名・症状・診療内容を一切入力しない業務にするのが順当です。院内文書の下書き、求人票、スタッフ向けマニュアルの整理、会議メモの清書といった業務は、患者の情報に触れずに試せるうえ、効果も院長自身が確かめやすい領域です。
反対に、問診の要約やカルテ記載の補助、患者からの問い合わせへの返信文づくりは、生成AIが得意とする作業ではあるものの、患者の情報を入力することが前提になります。こうした業務は、道具の契約内容や院内の管理体制を整えたあとで検討する段階です。最初からここに手を付けると、個人情報の扱いの確認に時間がかかり、導入そのものが止まってしまいがちです。
本記事では、公的なルールで押さえておくべき点を確認したうえで、患者の情報を入れない業務の選び方と始める順番、そしてスタッフに配る院内ルール1枚の作り方を順に説明します。
最初に押さえる公的なルールは3つです
クリニックが生成AIを使う前に確認しておきたい公的な資料は、個人情報保護委員会の注意喚起、個人情報保護法上の要配慮個人情報の考え方、厚生労働省の医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの3つです。いずれも原文が公開されているので、院内ルールを作る担当者は一度目を通しておくと判断がぶれにくくなります。
個人情報保護委員会の注意喚起
個人情報保護委員会は、令和5年6月2日に生成AIサービスの利用に関する注意喚起等を公表しました。事業者向けの注意点として、個人情報を含むプロンプト(AIへの指示文)を入力する場合は利用目的の範囲内であることを十分に確認すること、本人の同意なく個人データを入力し、そのデータが応答の出力以外の目的で扱われる場合は法律違反となる可能性があるため、提供事業者が機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること、が示されています。あわせて、生成AIの応答には不正確な内容が含まれることがあるとも注意しています。
病歴や診療の情報は「要配慮個人情報」
個人情報保護法では、病歴や、医師等による診療・調剤が行われたこと、健康診断等の結果などは要配慮個人情報(取り扱いに特に配慮が必要な個人情報)とされ、取得には原則として本人の同意が必要です。クリニックが日常的に扱う情報の多くがここに含まれるため、一般の企業よりも慎重な運用が求められます。医療機関向けの具体的な留意点は、医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンスにまとめられています。
医療情報システムの安全管理に関するガイドライン
厚生労働省は医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版(令和8年6月)を公表しています。経営管理編では、システムの運用を外部の事業者に委託する場合に委託先の監督や責任の範囲を明確にすることが求められています。生成AIの道具を院の業務に組み込み、患者の情報を扱う段階に進むときは、この考え方に沿って契約内容を確認することになります。
個人情報を入れない業務の見分け方と、始める順番
患者の情報を入れない業務かどうかは、「その作業のために、特定の患者を思い浮かべる必要があるか」で見分けると判断しやすくなります。特定の患者を思い浮かべずに完結する作業は、最初の段階で生成AIに任せる候補になります。
始める順番は、院長やスタッフが出来を確かめやすく、間違いがあっても外に出る前に直せる業務から並べるのが安全です。次の表は、段階ごとの業務の例と確認の観点をまとめたものです。
| 段階 | 業務の例 | 患者の情報 | 確認の観点 |
|---|---|---|---|
| 第1段階:院内だけで使う文書 | 院内通知・会議メモの清書、マニュアルの整理、研修資料の下書き | 入れない | 内容の正確さを担当者が読んで確認する |
| 第2段階:院外に出るが患者個人に関わらない文書 | 求人票、休診のお知らせ、取引先へのメール | 入れない | 公開前に院長か事務長が読む。求人票は労働条件を原本と照合する |
| 第3段階:医療広告にあたる文書 | ホームページの施術説明、ブログ、SNSの投稿 | 入れない | 医療広告ガイドラインに沿っているかを公開前に確認する |
| 第4段階:患者の情報を扱う業務 | 問診の要約、問い合わせ返信、カルテ記載の補助 | 扱う | 契約内容・保存先・学習利用の有無、院内体制を整えてから判断する |
第3段階のホームページやブログは、患者の情報を入れない業務ですが、医療広告の規制の対象になります。生成AIが作った文章には、効果を言い切る表現や根拠のない比較が混ざることがあるため、公開前の確認を省かないことが前提です。
第1段階を数週間続けると、スタッフのあいだで「どういう指示を出すと使える文章が返ってくるか」の感覚がそろってきます。この感覚がそろってから第2段階に進むと、院外に出る文書でも手戻りが少なくなります。
院内ルール1枚の作り方
院内ルールは、A4用紙1枚に収まる分量で「入れてよい情報・入れない情報・使う道具・確認する人・困ったときの連絡先」の5項目を書けば、導入の最初の段階には足ります。長い規程を先に作ると、読まれないまま現場の使い方だけが先行しがちです。まず1枚で始め、運用しながら書き足していくほうが実態に合います。
| 項目 | 書く内容 | 書き方の例 |
|---|---|---|
| 入れてよい情報 | 院内の一般的な情報、公開済みの情報 | 公開している診療時間・施術名、院内の業務手順 |
| 入れない情報 | 患者と職員を特定できる情報すべて | 患者の氏名・生年月日・連絡先・症状・診療内容・写真、職員の評価や給与 |
| 使う道具 | 院として認めた道具とアカウント | 院で契約した道具を院のアカウントで使う。個人の端末・個人アカウントでは業務に使わない |
| 確認する人 | 出力を使う前に読む担当 | 院外に出す文書は事務長が読む。ホームページの文章は院長が読む |
| 困ったときの連絡先 | 誤って入力したときの報告先 | 患者の情報を入力してしまったら、その場で事務長に報告する |
「入れない情報」は、抽象的に「個人情報」と書くより、氏名・生年月日・症状のように具体的な言葉で並べるほうがスタッフは判断しやすくなります。また、「困ったときの連絡先」を書いておくと、誤って入力してしまったスタッフが隠さずに報告できる雰囲気をつくれます。院としての対応が遅れる最大の原因は、誤入力そのものより、報告が上がってこないことです。
ルールを配るときは、読んでもらうだけでなく、実際の業務で使う場面を1つ一緒に試すのが効果的です。たとえば会議メモの清書を題材に、入れてよい情報と入れない情報の線引きをその場で確認すると、ルールが自分の業務の話として伝わります。
定着させるには、スタッフが自分で直せる使い方にとどめます
生成AIを院内に定着させるには、院長しか直せない仕組みを作らず、スタッフが自分で使い方を調整できる範囲にとどめることが大切です。高度な自動化は、動かなくなったときに直せる人がいないと業務が止まり、かえって負担が増えます。最初の段階では、スタッフが指示文を書き、出てきた文章を自分で直して使う、という単純な形が長続きします。
もう1つの落とし穴は、「使えるように勉強しておいてください」と指示するだけで済ませてしまうことです。日々の業務で手一杯のスタッフにとって、新しい道具を自分から学ぶ動機は生まれにくく、この方法ではほとんど定着しません。導入を任せる担当を決め、最初の数回は院長か事務長が横について一緒に使うほうが、結果として早く定着します。
うまく使えた指示文は、院内で共有しておくと財産になります。「求人票の下書きを頼むときの指示文」「休診のお知らせを作るときの指示文」のように業務ごとにまとめておけば、担当が替わっても同じ品質で使い続けられます。
患者の情報を扱う段階に進むかの判断
問診の要約や問い合わせ返信など、患者の情報を扱う業務に生成AIを使うかどうかは、院内ルールの運用が回ってから、道具の契約内容と院の管理体制を確認したうえで判断します。便利さだけで進めず、確認の手順を踏むことが院と患者の双方を守ります。
確認するときの観点は、個人情報保護委員会の注意喚起と厚生労働省のガイドラインから整理できます。入力したデータが提供事業者の機械学習に使われないか、データがどこに保存されるか、院の個人情報の利用目的の範囲に収まるか、委託先としてどこまで管理が必要か、といった点です。医療情報を扱う専用のサービスを選ぶ場合も、契約前にこれらを書面で確認しておくと、あとから院内で説明しやすくなります。
判断に迷う場合は、個人情報保護委員会の相談窓口や、顧問の弁護士など専門家に確認するのが確実です。この段階は院ごとの体制によって答えが変わるため、他院の使い方をそのまま真似るのは避けたほうが安全です。
ととっぷの支援について
株式会社ととっぷは、美容医療を中心に50院以上のクリニックの集患を支援してきました。生成AIの導入についても、患者の情報を入れない業務の選び方や院内ルール1枚の叩き台づくりといった最初の段階から、貴院の業務に合わせてご支援します。
この記事のチェックリスト
生成AIを院内で使い始める前の確認チェックリスト
よくある質問
スタッフが個人のスマホで無料のAIを使っているようです。まず何をすればよいですか。
禁止から入るより、院内で使ってよい道具と入れてはいけない情報を先に示すほうが、実態を把握しやすくなります。院内ルール1枚を配り、患者の情報を個人の端末や個人アカウントのAIに入力しないことを明記してください。そのうえで、業務で使う道具を院として1つ決めると、使い方がそろっていきます。
患者さんの名前を消せば、カルテの文章をAIに入れても問題ありませんか。
名前を消しても、年齢・来院日・症状の組み合わせで個人が特定できる場合は個人情報として扱われる可能性があります。どこまで加工すれば個人情報にあたらないかは、個人情報保護法の定義に照らした判断が必要です。導入の最初の段階では、カルテの文章そのものを入力しない運用にとどめ、判断に迷う場合は個人情報保護委員会の相談窓口や顧問の専門家に確認してください。
AIが作った文章をそのままホームページに載せてもよいですか。
AIが作った文章でも、ホームページに載せれば医療広告ガイドラインの対象になります。効果の断定や比較表現が混ざっていないかを、院内の確認担当が公開前に必ず読んでください。生成AIの出力には不正確な内容が含まれることがあるため、施術の説明や数字は原典と照らし合わせる工程を省かないことが大切です。
有料の法人向けプランにすれば、患者の情報を入れてもよいのですか。
法人向けプランでも、それだけで入力してよいことにはなりません。利用規約で入力データの学習利用の有無や保存先を確認し、院の個人情報の利用目的の範囲内かどうか、委託先としての管理が必要かを整理する必要があります。厚生労働省の医療情報システムの安全管理に関するガイドラインや医療・介護関係事業者向けのガイダンスを確認し、必要に応じて専門家の意見を聞いたうえで判断してください。